行政書士開業で手に入れた43のリスト 18親の死は突然に

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リスト18 開業11ヶ月目

親の死は突然に

人生には思いがけない出来事が起こります。

それは、6月の父の日のこと。セミナー準備に追われていた私に妹から電話がかかって来ました。
一緒に実家に行こうとしていたところ、私にセミナーが入り、妹は一人で実家に行っているはずでした。

「お姉ちゃん、お父さんが死んじゃったよ」

あんなにも神妙な妹の声を聞いたのは、初めてのことでした。

実家の状況はこうでした。
父の日の朝、今から行くよと母に電話をかけると、母は具合が悪いと言ったそうです。具合が悪いから今日は来てもらっても困る、と。
どうも歯切れが悪いと思って話を進めると、父が廊下で寝ていて起きないと、母が言い始めたそうです。
慌てて救急車を呼び、妹が実家に到着すると、父の姿はもうなく、そこには警察官と、取り乱し痩せこけた、母の姿があったそうです。母は、父の死を認識できない状態でした。

軽い認知症だった母は、父が突然倒れたことで現実が把握できなくなり、これを機に要介護状態の認知症になってしまったのです。
私が次の日実家に行くと、母はだいぶ落ち着いていましたが、私を見た母の第一声は、「あなた、誰?」でした。
母は、よっぽど混乱していたのでしょう。すぐに私と分かりましたし、その後、母が私を誰なのか分からなかったことは一度もありません。

父はもともと心臓が悪かったのですが、健康そのもので、65歳で教員を退職してからも、毎朝自転車で出かけたり、地域の卓球クラブに通ったり、体力にはまったく問題なかったようです。祖父も曾祖父も100歳という家系であの元気な父が70代で亡くなるとは、私も妹も、とても想像できませんでした。

妹は毎月実家に行っていたので、数週間前にも父の元気な姿、母の元気な姿を、遊びに来ていた叔父、叔母と一緒に見たそうです。
「お母さんが何度も同じことを言うんだよ」と、その日、父は笑いながらこぼしていたそうです。
母は軽い認知症で、薬も飲んでいましたが、会話も日常生活も問題ありませんでした。
でもそれは、私や妹が会った時の印象で、父と2人の時にはもう少し違う状況だったのかもしれません。

警察の検死が終わり、慌てて葬儀社を決め、父を運んでもらいました。
検死の結果、死因は明確になりませんでしたが、事故や事件性はなく、心筋梗塞だろう、という判断でした。死後、5日から10日経っていると言われた時は、ショックでした。

父が突然亡くなったことにはもちろん驚きましたが、亡くなった日が特定できないことが、それ以上に私にはショックだったのです。
レシートや診察券や日記から父の行動を振り返り、生きていた最後の日に辿り着けないかと考えましたが、葬儀や母の対応の中、なかなか冷静に取り組むことが難しかったのを覚えています。

そんな中、診察券に記入してあった日付で病院に行っていた日が分かり、来月の予約が入っていることから、その日までは生きていたことが分かりました。診察券の小さな日付がこんなにも重要なことをおしえてくれる。その時に、私は、遺された家族のために「書き留めておくこと」の大切さを痛感したのです。
エンディングノートだけでもいい。遺言書があれば、財産リストが分かるのでもっといい。何かしら書き残し自分のエンディングに備えなければと、心から思いました。

この出来事をきっかけに、私はエンディングノートや遺言書のセミナーを始めました。
ここまで書き残すことの大切さをリアルに感じているからこそ、伝えなければと思ったのです。
セミナーでは、自分の体験を交え、今、どんなことが起こっているのか、認知症とはどんなものなのか、しっかりお話ししています。

体験談というのは、人にも伝わりやすいようです。
セミナーを始めた直後は、私も父を亡くしてすぐだったので、話がリアルになり過ぎたのか、参加者が泣き出すことも何度もありました。
親を突然亡くす人、突然認知症になった人、突然介護の必要に迫られた人。それは私だけでなく、たくさんの人が体験しています。これは、セミナーを開催し、分かったことでもあります。

「うちもそうでした!他にも同じ体験をしている人がいて、ちょっと安心しました」と、話しかけてくれる人が、今でも少なくありません。
自分自身の体験を1つ1つ生かせる仕事、それができることを幸せに感じています。
行政書士はやりがいを見つけやすい仕事、人の役に立てる仕事です。開業一年目にそれを教えてくれた父と母には感謝しています。

身内の死は突然にやってきます。そこで挫けず、むしろ仕事に生かしてくくらいの体力と精神力をつけておく必要があるかもしれません。

 

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